7日前のできごと
地震に遭遇した場所に来ている。
町は何事もなかったようにそこにある。
不謹慎かもしれないが、いろいろなことが経験できた機会であったと思っている。
天災だから仕方ない、ということもあるが、まあ、そうでも思わないと起こってしまったことを悔いるしかなので、辛い。
地震の起きた金曜の午後から、今日までの気持ちの動きを振り返ってみると興味深い。
金曜
都内に居たので帰宅できず。もろもろの連絡を取りひとまず安心しホテルで就寝。災害時のやや興奮した感じ。不安は少ない。ただニュース映像の衝撃が強く、食事中に酒をたくさん呑んだにも関わらず睡眠が浅い。
土曜
早く目覚める。ルーチンの診療があり何となくこなす。夕方帰宅するが、このあたりから頭には災害モードとルーチンモードの2つの OS が入ったようになり、システムの統合が取れずどっちつかずの感じになる。
日曜
昼間はルーチンモードで過ごす。ただ衝撃的なニュース映像がモードチェンジを起こさせる。さらに原発事故がそれを増強。共感・不安・無力感と、集中・興奮・充足感が行ったり来たりする。酒を呑む。翌日の診療の予定が決まらず深夜3時まで待機する。このあたりからネット上に様々な情報が溢れかえり始め、それを追いかける作業に没頭する。
月曜
予定手術がキャンセルになるが、交通網も麻痺し、大学に行けず。自宅で待機し、締め切りの迫る仕事を終わらせるが、ルーチンモードの上に災害モードがエミューターのように絶えず走り続けており、不安が強い。犬と1時間ほど散歩に出掛け走り回って、強制終了を試みるがシステムが暴走気味で収束しない。情報を追いかける時間が長い。
火曜
大学に顔を出し諸事を調整。スタッフとの会話がありがたい。相変わらず膨大な情報を追いかけていたが、夕方あたりからスキップし始め、いつものブックマークを繰るようになる。災害モードが薄らいでゆきシステムが安定し始める。
水曜
ルーチンで動きだす。仕事の順番や他人の感情の動きがよくわかるようになる。気晴らしにヘアカットに行く。シャンプーボーイをからかう余裕がでる。
木曜
外来診療を行うことで、完全復調。整理もつく。
金曜
システム安定化。肝が据わり攻めモードになっている。
不安な精神状態に陥ったときに、その人の余力がわかる。
言い換えれば、余力で動かしている時がその人の本質に近い。
私ももう少し余力があった方がいいな、と思った1週間でした。