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クラニオフェイシャル・サージャリーと美容外科の親和性は高いという話

クラニオフェイシャル・サージャリー(以下CFS)は、おそらくフランスの医師 テシエ(Tessier)が1976年に発表したアプローチがその起源と、筆者は考えている。

もちろんそれまでも,フランスの医師 ルフォー(Le Fort) が1901年に上顎骨骨折のパターン化した後に、ドイツ語圏を中心に咬合の面からアプローチした、いわゆるMaxillo-Facial Surgery が発展を遂げていた。
しかしTessier のアプローチは、頭蓋を対象に含めたのみならず、顔面をひとつの形態と捉えそのバランスやハーモニーといった面から手術を計画・実行したことにその特徴があるといえる。すなわち、機能再建はもとより整容再建を主たる目的としたことにある。

このことは、きわめて形成外科的な発想であり、それまでの既存の診療科にはなかった、概念的に新しい領域であった。しかし実務的には、脳神経外科、耳鼻科、歯科口腔外科といった既存の診療科がすでに扱っていたものも少なくなく、そのため個別のアプローチは競合するものであった。しかし顔面を一つの領域として捉え、アプローチやデザインを考えることの重要性が次第に理解されるにつれ、CFSの方向性がはっきりと示されるようになった。

CFSは、Tessier の示した骨の移動再建のインパクトがあまりに強いこともあり、bone surgery と同義に取られる傾向があるが、そうではない。軟部組織のみで対応していた領域に、骨の移動という土台から変化させることの出来る技術があらたに導入されたのであって、「顔」を治療対象とするアプローチであることがその本質である。
こうした背景を考えると、CFSは顔面の美容外科ときわめて高い親和性を持っていると容易に想像されるが、実際には本邦においてそうした活動を行っているクラニオフェイシャル・サージャンの数は、決して多いとは言えない。

しかし筆者がこれまでに交流してきた海外のクラニオフェイシャル・サージャンのほぼすべてが、美容外科手術を行っていた。
1990年に留学したチャングン病院のYu-Ray Chenは、毎週1日、美容外科を行っており、筆者が初めて美容外科に触れた機会だった。隆鼻のためシリコンインプラントを入れ、豊胸のためシリコンバッグを入れるChen の姿に驚いた。もちろん マイクロサージャンとして活躍中のFu-Chang Weiも、同様の手術を行っていた。

1995年に見学訪問に行ったメキシコのFernand Otitz-Monasterio は、先天異常の治療を行う公立病院での仕事とは別に、私立病院でface liftやrhinoplasty を行っていた。たくさんのディスポーザブル製品に囲まれた広く明るい私立病院と、こんな古い機器であれだけの骨切をしてきたのかと驚いた狭く暗い公立病院との落差に驚いた記憶がある。
1997年に留学したスウェーデンのClaes Lauritzen は、同期の Jan Lillia(前 J. Plast Surg Hand Surg 編集長)と週2日を美容外科に当てており、face lift, breast reduction/augmentationなどを行っていた。

またフランスのMarchacなどはCFS関係に止まらない美容外科の活動も多く、数多くの優れた論文を発表している。

一方、 日本では、形成外科の発足時の足かせのためか、あるいは文化的背景か、そもそもきわめて限定されたごく一部の形成外科医が行っていたにすぎず、また教育的立場にいる大学教官でもある医師の多くが、さまざまな理由で美容外科を行わない、あるいは否定する状況もあり、クラニオフェイシャル・サージャンと美容外科を語る材料は、きわめて少ない。
ただ、形成外科の一領域として発展をしてきたCFSでは、もとより軟部組織の取り扱いには習熟していたためか、美容外科領域へのアプローチは比較的自然に行うことができ、しかも骨を含めた構造、解剖を理解していることと、ダイナミックに変化させることができることは、顔面領域の整容にはきわめて高いポテンシャルをもっているし,そういった意味で親和性が高いということは,まちがいないだろう.

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