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玉になる

もう5-6年前になるが、ある学会場で同業者に呼び止められた。

「せんせぇ〜、元気ぃ〜、忙しい〜〜」
ありゃ、めんどくさい人に会っちゃったな、と思ったら、なにやらニヤニヤしている。

「あのさ、にちゃんねるに先生のスレが立ってるの知ってる?」

2ちゃんねるといえば、その匿名性が故、負の側面が何かと話題になるネット上の巨大掲示板だ。

「え〜ほんと〜、イヤだなぁorz、なんでそんなスレが立つんだよ〜〜」
「せんせぇさあ、大学の方とかさぁ、だいじょうぶぅ〜(藁)」
といわれて、ちょっと考えてしまったが、それよりも、そいつの嫌みな目つきが気に入らなくて、
「だいじょーぶだろっ!」
と大きな声で答えてしまった。

で、早速覗いてみると、「【自治医大】菅原康志先生【○○美容外科】」と私のフルネームのスレッドが立っている。美容整形のカテゴリーだ。いったいどこのどいつが、善良で清貧な大学勤務医にこんな仕打ちをと思ったが仕方ない。数百の書き込みを見ていった。

幸い悪意の書き込みは少なく、せいぜい「突然、逆ギレされた」とか「たいしてうまくもないバイト医者」くらいだったのでほっとした。ただ、それよりもあまり表に出していない私の仕事に関する書き込みがいくつかあり、それらが比較的正確であったことに驚いた。残念ながら?その後はカキコがたいして伸びず、いつのまにかスレ落ちしてしまったが、過去ログに格納されているようなので、興味のある方はご覧になることができる。

この件ではいささか不愉快な思いもしたが、私は重要なことを学ぶことができた。それはボーダーレスということだ。

インターネットは匿名書き込みなどネガティブな面を伴いつつも、この10年の間に大きく発展した。その功罪はいろいろと言われているが、今では多くの人がネットの利便性を享受している。ネット検索で良質の情報を簡単に手に入れられるし、メールやSNSといったコミュニケーションにも活用されている。またテレビや新聞といった大手メディアだけに依存しない情報提供といった公平性も、認知されつつある。今回の地震では、新聞やテレビなどの情報以外に、ツイッターを通じた情報がとても役に立った。インターネットはそれまで存在した様々な壁を取り除いて、ボーダーレスな世界をわれわれに供給している。

その一方でネットに違和感を感じる人も少なくない。その本体は、おそらく、ネットの本質とも言えるボーダーレスに対する不安感であろう。ネット以前は著名人を除き「裏」に置いておきたいモノがあれば、それが不特定多数の居る「表」に出ることは稀だった。仕事とプライベート、建前と本音など使い分けができた。仮に表に出たとしても、それは生の口コミに限定された狭いコミュニティー内ですんだ。それがネットの発達に伴い裏が保護されにくくなり、簡単に表に出るし、しかもグローバルな口コミだ。裏を隠したい人には、ずいぶんと厄介なことだろう。

私も当初は同様の違和感を持ったユーザーの一人だった。しかし先の経験から、ネットによるボーダーレスの流れには抗いようもなく、やがて表も裏もない仕事のスタイルが主流になるのではないかと、次第に考えるようになった。このボーダレスは個人についてだけでなく、形成外科と美容外科、形成外科学会と他科学会、医師と患者あるいは歯科医師、学閥、日本と世界などあらゆるカテゴリーで生じるだろうと思った。

それからは、すべての仕事のボーダーを排除するようにした。大手チェーンを含む美容クリニックで診療を行い、二つの美容外科学会に参加してそうした活動を公言してきた。さまざまな診療科の学会で縫合や整容に関する講演を行ったり、口腔外科医とともに教育セミナーで活動し多様な世界観を共有した。国内外、他科を問わずドクターの施設見学は無条件で受け入れ、知識をシェアした。もちろんこうしたすべての学外活動は、大学当局に届け出て許可を受けた。

仲のよい同僚たちは、いろいろと心配してくれた。
「いろんなところに顔を突っ込むとさ、やっかまれることが増えるから、止めといた方がいいよ」
「教授になる前の大事な時期なんだから、おとなしくしといた方がいいんじゃないの」

有り難い忠告だったが、止めるつもりはなかった。

今は、「菅原康志」でググるとわずか0.1秒ほどで、2ちゃんねるのスレから、取得した文科省の科学研究費細目までどどっと表示される。このことを私は歓迎している。googlebotが、私自身も忘れていたこれまでの仕事を収集してくれるのでありがたい。
そんなにさらけ出さなくてもいいんじゃないの、と言われることがある。
そんなとき、私は「玉はさ、表ばっかりだけど、見えないところに芯があるんだよ、ねぇ〜」とうそぶいている。

たいがいは、フンッと鼻で笑われる。

(形成外科2011年1月号に掲載された随筆に加筆したものです。)

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