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頭蓋骨縫合早期癒合症について

はじめに

頭蓋骨縫合早期癒合症は、疾患の発生率が高くないこともあり、治療法に関する情報が少ないようです。ですから多くの患者さんのご両親が、ご心配になるのも仕方がないかもしれません。最近は遠くから私のところに話を聞きにいらっしゃる方が増えています。

今回は、少し長くなりますが、頭蓋骨縫合早期癒合症に関して、お話ししたいと思います。できるだけ、偏りのないように気をつけますが、私が知る範囲の情報を元に、個人の基準でそれらを評価していることをご了承下さいますようお願い致します。

頭蓋骨縫合早期癒合症とは

頭蓋骨縫合早期癒合症は、頭蓋骨縫合という頭蓋骨の成長を行う部分が、通常より早い時期に成長しなくなってしまう、原因不明の先天性疾患です。
頭蓋骨縫合は、大きく分けて5本ありますが、成長を止めてしまう縫合は、それらの1本から数本あるいは左右の片方だけと、さまざまなパターンがあります。数本がくっついてしまう場合は、顔面骨にある縫合の一部も閉じてしまう場合があり、顔面にも症状がでます。

この疾患の問題点

頭蓋骨縫合が早期に癒合してしまう事で生じる問題点は、次の2つです。
まず、頭蓋が早い時期に成長を止めてしまうため、内にある脳の成長が妨げられるかもしれないということです。子どもの脳は、生まれてから2才くらいまでの間に、急激に大きく発育します。どれくらい早いかと言いますと、新生児の脳は大人の60%くらいの大きさですが、4才前後で大人の約85%くらいの大きさまで成長します。身長などと比べて特別に早く成長する部位と言えるでしょう。

このように脳が発育旺盛な時期に、脳を囲む頭蓋骨の成長が抑制されてしまうと、脳が自分の骨にぎゅうっと締め付けられるような状態になります。この状態を頭蓋内圧亢進といい、脳へ悪影響がおよぶとされています。この影響は1本の縫合より多数の縫合が癒合した場合により強くなります。
症状は、一般的に頭痛や嘔吐などと言われていますが、よほど亢進しない限りはこうした症状が出ることはありません。それよりも、軽度の頭蓋内圧亢進が慢性的に続くことによる運動・知能発達への悪影響が、この疾患の主な症状と言えます。

病気かどうかは、X線、CTスキャンなどで比較的容易に診断することができます。縫合線の癒合があれば確実ですし、指圧痕と呼ばれる頭蓋骨内面の凸凹が見られれば頭蓋内圧亢進も疑われる状態です。

治療を行うかどうかの判断

さて、こうした病状がわかった場合、どのようにしたらよいのでしょうか。普通であれば、手術などの治療を行った方がよいとお考えになると思いますが、実際はとても難しい判断になります。
なぜなら、頭蓋内圧亢進があったとしても、低いものであれば脳への悪影響は少ないからです。ただ、どの程度までなら大丈夫なのかは、現在のところまったくわかっていません。もちろん脳が骨の表面から飛び出すほどの高い圧の場合は、脳への影響が大きいと判断できますが、わずかな指圧痕ではなんとも言えません。脳圧を測ったり、脳の血流を見たりすることで、内圧亢進の程度を判断する補助にはなるのですが、確定までには至らないのです。
もちろん形の問題もありますので、審美的な理由で手術を行うという事でもよいのですが、手術に伴う侵襲を考えると、なかなか”見た目”だけの理由で行うという判断は、しづらいのが実際です。

手術治療のメリットとデメリット

手術を含め医療における治療はすべて、メリットとデメリット(リスク)とを天秤にかけて、メリットが多ければ行った方がよいと、考えることができますので、これから頭蓋骨縫合早期癒合症の手術のメリット・デメリットについて、お話をしたいと思います。

まず基本的に手術という治療の場合、難易度や危険度といったものは、それを行う外科医の技量に依存します。経験があり、慣れている場合は難易度や危険度は低くなりますし、逆の場合は高くなります。ですからデメリットは、施設や医師によってかなり異なるものとお考えください。

手術方法

まず現在のところ手術方法は大きくわけて、縫合部を切除する方法、骨を組み立てる方法、そして骨を少しずつ延ばす方法の3つがあります。順にお話します。

縫合部を切除する方法

治療する年齢が3ヶ月以内の場合は、癒合した縫合部を切除して、治療用のヘルメットを被ったりスプリングの様なものを埋め込んで、だんだんと形を調整してゆく方法がとられます。これは縫合部を切り取るだけですので、出血も少なく時間もかかりません。技量の違いも出にくい、よい方法と言えます。欠点は、まだ骨の柔らかい時期でないとよい結果が得られないこと、変形の改善が不十分になる場合があること、そしてヘルメットが自費になることです。こうしたことから、日本では、まだあまり一般的になっていません。

4ヶ月以降の場合は、骨を切り出して組み立て直す方法と、切り出した骨を少しずつ移動させる方法があります。

骨を切って組み立てる方法

骨を組み立て直す方法は、頭蓋形成術といいますが、現在世界中で最も行われている方法です。変形した骨を切り出して、糸や吸収されるプレートを使いながらよい形に整形し、それを戻すというものです。これは、1回の手術でよい形と大きさが得られるので、とてもよい方法です。一方で骨を一度全部取り出す必要があるので、出血が多くなったり硬膜が少し痛んだりするリスクがあります。ただこれも、外科医の技量に依存しますので、必ずしもハイリスクという訳ではありません。また組み立てた骨と骨の間に隙間が残ります。1才以下では1年ほどで骨が再生して埋まってしまいますが、1歳を過ぎると骨の再生が遅くなり、隙間が残ってしまうこともあります。あとは骨を止める材料によっては、術後に骨が少し動いてしまい、予定した形にならなかったりすることがあります。固定性のよい金属のプレートを使うとこうした心配はないのですが、将来的にプレートやネジが頭の中に飛び出したりすることが報告されていますので、現在はほとんど用いられていません。またたくさんの骨の移動が必要な場合、傷が閉じにくくなるという欠点もときに見られます。

骨を切って少しずつ移動して拡大する方法

骨を少しずつ延ばす方法は、骨延長法といいますが、これは日本や韓国で主に行われています。最近では、カナダやヨーロッパでも行われるようになってきました。骨延長法には延長器を埋め込む方法(内固定法)と、外に付ける方法(MCDO法)の2種類がありますが、基本的には骨を切った後に装置を付け、2〜4週ほどかけてゆっくり骨を移動して行きます。ゆっくり延長すると骨と骨の隙間には柔らかい骨がどんどん再生されますので、隙間はほとんど残りませんし、形のくずれも生じにくくなります。よい形が得られた後は、骨がしっかりと固まるまで延長器を入れたまま、1〜2ヶ月ほど待ちます。この間を保定期間といいますが、この間は通常自宅で過ごしてもらうことが多いようです。保定期間が終わったら、再度入院して延長器を外して治療は終了します。

手術方法の比較

この方法のメリットはたくさんありますが、先の頭蓋形成術とデメリットを含めて比較してみましょう。

・・・・・・・骨延長法・・・頭蓋形成術
手術侵襲・・・少ない・・・多い
拡大量・・・制限少ない・・・制限あり
形(内固定法)・・・制限あり・・・制限少ない
治療期間・・・長い・・・短い
手術回数・・・2回・・・1回
治療費・・・高い・・・安い
合併症・・・延長器に関わるものが増える

こうしてみると、骨延長法にメリットが多いように思われますが、欧米などでは治療費に関わる問題を軽視できないため、延長法を行う施設がまだ少ないようです。また主な合併症についてはほとんど差がないのですが、延長器という器具を使うため、それに関わるトラブルが若干増えることに抵抗があるドクターもいるようです。
ただ、総じて見ると骨延長法は、医療費の問題を除けば、子どもにとってはとてもよい方法だと思います。なんといっても頭蓋形成術に比べ、子どもの回復がとても早いからです。

骨延長法が開発された背景

私は1997年から約1年間、スウェーデンの病院で頭蓋骨縫合早期癒合症の手術を勉強する機会に恵まれました。そこでは毎週2〜3例の手術を行っていましたが、方法はおもに頭蓋形成術でした。当然手術中はそれなりに出血するのですが、まだ体重が8kg前後の赤ちゃんにとっては、わずか200ccの出血でもかなりの負担になります。ですから手術後も体力の回復にはそれなりに時間がかかってしまうのです。それに比べ骨延長法は,出血量がかなり少ないので早く元気になってくれます。手術の負担が少ないことは、感染や術後出血など、手術に関わるさまざまなリスクを軽減させる大きな要素の一つと考えていますので、私はこの点を高く評価しています。

骨延長法はまず内固定装置によるものから始められました。この方法ですが、私が1995年から医療機器メーカーと専用器具の開発を始め、1996年世界で最初に手術を行いました。(Sugawara Y. et al. Ann. Plast. Surg. 40: 554-565, 1998) その後、日本の多くの先生方がこの方法を治療に導入して下さり、現在では最も一般的に行われている方法だと思います。2000年に入ってからは韓国でも行われるようになり、2008年あたりからはイギリスやアメリカの一部の施設でも行われるようになっています。
この方法は、先に述べましたように、それまでの頭蓋形成術に比べメリットが多いため、多くの施設で取り入られるようになったのだと思いますが、残念ながら形の改善においては頭蓋形成術に比べて、やや劣るものがありました。もちろん形にあまりこだわらない後頭部などでは大きな問題とはならないのですが、額や側頭部など目立つ場所では、どうしても不十分な結果といわざるを得ない面があるのも確かなのです。また、内固定装置を除去するために再度皮膚を切って取り出す必要があることや、装置の脱落、破折、露出、軽度の感染など、重篤ではないまでも合併症が比較的多く発生することも、決して無視できない問題でした。

骨延長法のコンセプトはとてもいいものですから、もっと良い形を得られ、しかも簡単に外せるような装置ができないものかと考え、2002年から新しい器具の開発に着手しました。そして4回に渡る装置の改良を経て2004年にMCDO法が完成し、現在まで約40名の方にこの方法を行っています。(Sugawara Y. et al. Plast. Reconstr. Surg. 126: 1691-1698, 2010)
MCDO法と内固定法との違いは、たくさんあるのですが、骨を多方向に延長することができるため延長期間が約1/2に短縮されたこと、一つあたりの骨の移動量が少なくすむため保定期間が約2/3に短縮されたこと、皮膚を切らなくても装置を除去することができること、装置のトラブルが減少したこと、などが挙げられます。しかし何よりも、よい形に治すことができるようになったことが、一番のメリットです。しかもそれを行う医師の技量の違いにあまり依存しません。

治療方法をどうやって決めればよいか

さて、治療にはさまざまな方法があり、それぞれにメリット・デメリットのあることがお分かり頂けたと思いますので、これから、具体的な治療法の選択について、お話します。

まず、頭蓋骨縫合早期癒合症と診断された場合、手術を受けた方がよいかどうかについてですが、これまで述べた方法は、いずれも比較的安全に受けて頂ける手術であるといってよいと思いますので、将来的な脳の発育に影響がでる心配がある場合、やはり予防的観点から手術を受けて頂いた方がよいと思います。もちろん感染や出血、あるいは脳の障害といった合併症のリスクがないわけではありませんが、年間10例以上行っているような施設であれば、いずれもかなり低いものです。

次に手術方法ですが、まず手術時年齢が3ヶ月以内であれば(この時期に手術をする必要がある症例はとても限られたものなのですが)、縫合部を切除する方法を行います。

4ヶ月以降であれば、縫合部位によって次のようになります。
(第一選択から順に記載します)

短頭症(両側冠状縫合早期癒合症):MCDO法 / 頭蓋形成術 / 内固定延長法
長頭症(矢状縫合早期癒合症):MCDO法 / 頭蓋形成術 / 内固定延長法
斜頭症・前(片側冠状縫合早期癒合症):MCDO法 / 頭蓋形成術 / 内固定延長法
斜頭症・後(片側ラムダ縫合早期癒合症):内固定延長法 / 頭蓋形成術
小頭症(両側冠状・矢状縫合早期癒合症):MCDO法 / 頭蓋形成術 / 内固定延長法
三角頭(前頭縫合早期癒合症): MCDO法 / 頭蓋形成術 / 内固定延長法

もちろんこれは、私が考える手術適応ですので、治療を行う医師や施設によっては選択順位が異なります。それは先に述べましたように、治療はすべてのメリットとデメリットとを天秤にかける必要があります。優れた術式でも経験が少なければどうしても難易度・危険度が高くなりますので、その良さを十分に発揮できない可能性があり、結果的にそれを選択するメリットが低くなってしまいます。術式だけを取り上げてその優劣を比較することは、誤った判断を導くことになり、好ましくありません。すべてのバランスを考慮した上で治療方法を選択するのが、治療を受ける子どもにとって最も望ましいことだと、私は考えています。

MCDO法に関しては、こちらもご参照ください。
http://www.jichi.ac.jp/keisei/surgery/disease1.html

(2016年以降 当サイト管理人,菅原は 新規の患者さんの診察は行っておりません)

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